熊本県天草市****
カトリック信者 中田・ヨセフ・統
1637年、苛烈な税の取立てとキリスト教弾圧に抗して蜂起し、原城に立てこもった天草・島原の民衆を、幕府軍は老若男女を問わず皆殺しにした。
その後、天草の代官に任じられた鈴木重成は、キリスト教信仰を根絶するために禅僧である実兄の鈴木正三を招き、明徳寺、東向寺など多数の寺社を建立させ、その一方では民衆に踏絵をさせて、キリスト教から仏教への転宗を強制した。
後世、重成と正三、重成の養子であり天草の二代代官である重辰の三人を、鈴木三公と尊称して本尊とする鈴木神社が建立された。
天草市長である安田公寛は、重成と正三が建立した明徳寺の現在の副住職である。
安田は今から5年前、鈴木神社の宮司らと謀って鈴木重成の没後350年祭を公金を使って盛大に挙行し、神社の本尊である鈴木三公の銅像建立を計画した。
2007年11月、銅像建立期成会が銅像三体を市街地に建立し、安田市長は期成会からこの銅像の寄贈を受け容れた。銅像の除幕式辞には「重成と正三は住民の心の奥深く染み込んでいるキリシタンの信仰を取り除くため、多くの寺社を建てて住民の思想善導を成し遂げた」とある。また、銅像背面の銘版には「この人たちのお陰で、今私たちは命を得ている。報恩感謝の想いは三五〇年の時空を経て蘇った三公と共に、天草の永久の未来を築く」と刻まれている。これは、信仰の自由が保障されている日本国で蘇った、政治権力と仏寺・神社の結託によるキリスト教弾圧宣言である。
そして2008年2月、キリシタンの十字をあしらった赤い三角屋根の資料館として巡礼者や観光客に親しまれてきた天草切支丹館と、キリスト教の真髄である聖体の秘蹟を表現する『聖杯』の青銅製大モニュメントを、市長は跡形もなく破壊した。
キリスト教の生命が宿るこの建物とモニュメントは、神の意志が働いて地上に出現した被造物であり、市長はその管理責任を神から委ねられていた。ところが安田は、老朽化しているなどと虚偽の理由をつけて、教会司祭の了解も求めずこれらを破壊した。
これは、キリスト教信者の尊厳を踏みにじる野蛮な所業であり、世界のすべてのキリスト教徒に公然と敵対する宗教弾圧行為である。私は天草で洗礼を授かり、この破壊を目撃した唯一のキリスト教信者として、安田市長、及び破壊行為に国費補助をして市長に加担した国の責任者である福田総理大臣に強く抗議する。さらに今後、ローマ教皇を始め、世界の宗教機関、人権擁護機関、教育文化機関にこの蛮行を訴え、天草市長のあからさまな宗教弾圧に対して、世界中から抗議の声を上げてもらうよう要請してゆく。
2008年3月23日・復活の主日
添付資料
ざらしにされた聖杯モニュメントの残骸
在りし日の天草切支丹館と聖杯モニュメント 2008年2月17日・四旬節第二主日