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虹の旗秘められた謎  
     
     

梅雨明けの天草地方。
真っ青な空に、天高くたなびく、虹色の虫追い祭りの旗。

熊本県天草市河浦町一町田に古くから伝わる虫追い祭りの旗が約1300年から1800年前の古墳から出土した埴輪や土器に描かれた旗の絵と同じであることが、奈良文化財研究所 都城発掘調査部 部長・深澤芳樹さんの調査でわかった。深澤さんはこの虹の旗のルーツがさらに邪馬台国、女王卑弥呼の時代までさかのぼる可能性があるいう。旗は国内に類がなく、中国大陸の影響を受けていると見ている。
また旗は葬送に使われることから、祭りの起源は虫追いの農耕儀礼ではなく、死んだ人を異界に送る葬送儀礼で、この地を治めた領主天草氏の50年忌が始まりではないかとの見方もある。

     
虫追い
 
     
  崇円寺前の一町田橋  
     
一町田八幡宮に伝わる伝統行事の虫追い祭りは、伝承によると380年前、1630年代(江戸時代寛永年間)に、この地域に害虫が大発生し、稲や農作物、草木に至るまで全滅の状態になった。その時、信心深い一老婆が、氏神に赤い絹布を奉納し、数日間退散の祈願をし、赤い絹布をいただいて田畑の害虫を追い払ったところ、不思議なことにその地区の害虫は一瞬にして退散し、難を逃れたという。その時の赤い絹布が今の虫追い旗になったとされる。

旗布は長さ2メートル50センチ、幅30センチで、白や赤、緑、黄、青の五色を交互に付け、長さ15メートルから20メートルの旗竿に20枚から25枚を付けている。今は化学繊維だが、明治の頃まで絹を使っていたという。また戦前は、氏子の各組々が旗を奉納し、旗竿も多い時には25本ほどもあったという。
神社近くの一町田小学校校庭から田んぼ沿いの堤防を崇円寺前の一町田橋までの約1キロメートルを、色とりどりの旗をなびかせ、地区の人たち約100人が練り歩く。
     
深澤芳樹さん  
   
奈良文化財研究所 都城発掘調査部 部長・深澤芳樹さん
(河浦町一町田で講演を行った〜2010年7月17日)
   
  深澤さんは邪馬台国があった弥生時代や、古墳時代の土器や埴輪に描かれた絵に、不思議な旗がたなびいているのに注目した。
   
定置網の作業岐阜県大垣市の荒尾南遺跡の墓から出土した約1800年前の土器には船に6本の竿が立てられ、それに多くの旗を付け、たなびく旗の線刻画が描かれている。(写真左)

また4世紀初めに造られたといわれる奈良県東殿塚古墳から出土した円筒埴輪には船上に各種祭具と共に、風にたなびく竿に多くの旗を付けた線刻画が描かれている。

また1300年前に書かれた「常陸国風土記」の行方郡の中に、建借間命(たけかしまのみこと)の軍勢が、賊に死んだと油断させ、一気に滅ぼしたという記述のくだりで「舟を連ねいかだを編みて、雲の蓋(きぬがさ)飛(ひるが)へし、虹の旌(はた)を張る」と記述があるが、深澤さんはその「虹の旌(はた)」がまさしく土器や埴輪に描かれた線刻画の旗だという。

さらに1600年前の中国の絵巻物で曹植の「洛神賦図」巻(顧ト之)には曹植が美しい洛水の女神、ふく妃に恋をする。ふく妃は渡水の時に溺死し、女神となった。その女神が乗っている乗り物にも同じく風にたなびく、たくさんの旗が描かれている。
深澤さんはこれらに描かれた旗には共通点があり、それは現実の生きている人ではなく、亡くなった人や神様であり、人が死後に行くとされている「異界」に送る「旗印」に使われているのではないかと解釈する。

この「虹の旗」が今でも日本のどこかで、たなびいているはずだと確信し、全国の友人にメールを送り、探してみたが見つからなかった。
しかし3年前に偶然、テレビで流れていた天草の一町田八幡宮の虫追い祭りの映像を見て、「これだ!」と思わず直感した。
それ以来、毎年のように天草を訪れ、青い空にたなびく色とりどりの「虹の旗」を見上げ、思いを寄せる。そして邪馬台国の遥か昔にも茜色の赤や緑や青など染料の違いによって、さまざまな発色の旗が使われていただろうと推測する。きっと今見ている旗と同じようなカラフルな色であったとろうと想像する。
まさに2000年前の古代にタイムスリップしたような感動を覚えるという。
この虫追い祭りは今から380年前に始まったと伝えられるが、深澤さんは旗の形式はもっと古く、約1800年前までさかのぼる可能性が大いにあるという。
 
 
虫追い
 
     
  祭りの行程は一町田八幡宮から始まり、天草氏の居城地だったとされる崇円寺前の一町田橋までを勇壮な旗がたなびき「荘厳」な印象  
     
深澤さんの「死んだ人を異界に送り届ける旗印ではないか」という説を裏付けるもう一つのおもしろい根拠がある。この祭りの起源は虫追いの「農耕儀礼」ではなく、「葬送儀礼」だとする見方だ。

キリシタン時代に天草諸島の下島を中心に支配した豪族がいた。
イエズス会の宣教師ルイス・フロイスが書いた「日本史」によると彼はドン・ミゲル(天草伊豆守鎮尚=天草久種)と称し、熱心なキリシタン信者であった。
すでに70歳近い老人であったが、下の地方におけるもっとも主要なキリシタンの一人で、「キリシタン宗団の四本の柱」であった。
彼は「その地のキリシタンたちにとっては単に領主に留まらず、真実の父祖のような存在」であった。
しかし彼は本年(1582年)重い病を患い、「息を引きとる前には、片手を挙げてこう言った。『もう飛んでいく』と。それは天国から招かれているように見え、その言葉とともに彼は霊魂を主なるデウスに帰し奉った」

天草氏が亡くなったのは1582年(天正10年)の7月とされる。
フロイス「日本史」には「副管区長(コエリュ)師は、日本人は格別に葬儀を重んじるのに鑑みて、その時まで日本で行われたのに比べもっとも高貴な葬儀の一つに数えられるほどの盛大さをもって彼を葬った。」と書かれている。
「雪の聖母の祝日に(1582年8月5日=天正10年7月17日)に、ドナ・ガラシャは亡夫にための法事を命じ、当日には千人を超える貧者に食事を供し、なおまた多くの喜捨を施した。」とある。

 
虫追い
 
     
  河浦町一町田八幡宮  
     

一町田八幡宮の虫追い祭りの起源は1630年代(寛永年間)とされる。
不思議なことに天草氏が亡くなってちょうど50年後に始まっている。しかも7月17日に葬儀が行われていて、今年の虫追い祭りは7月18日だった。
季節もちょうど同じ。これらの一致は何を意味するのだろうか。
単なる偶然ではない。

祭りの内容も、天草の他の地域の虫追い祭りとは一線を画する。
新和町の例では、秋祭りと良く似ていて言わば「にぎやかな太鼓踊り」だが、一町田は太鼓や鐘の音も静かで、勇壮な旗がたなびき、「荘厳」な印象を受ける。「動」と「静」の違いとでもいうべきか。

祭りの行程も一町田八幡宮から始まり、天草氏の居城地だったとされる崇円寺前の一町田橋まで。
この寺は天草島原の乱後、天草が天領になり初代代官、鈴木重成(1641年〜)が創建したとされる。
天草氏の墓はまだ発見されていないが、フロイス「日本史」には「ある山麓に、彼は(息子=ドン・ジョアン)人手を動員して一つの広場を切り開かせ、そこに大きい十字架を建てさせた。大勢の者がそこに参詣するようになり、彼は父の墓を鄭重にそこに設置した。」と記述してある。
 
 
虫追い
 
     
  河浦町一町田八幡宮宮司・田代主基男さん  
     
一町田八幡宮の宮司・田代主基男さんの話では、お宮は現在地より、もっと山上の倉田にあったといい、そこからは土器も出土したという。天草氏の墓もそこにあったとしても不思議ではない。

これらから推測できることは、虫追い旗が深澤さんが言う死者を異界へ送る「虹の旗」と同じだとすれば、一町田八幡宮の虫追い祭りの起源は、「葬送儀礼」だったと解釈できる。
寛永年間にはすでに幕府による厳しいキリシタン弾圧の時代で、1637年(寛永14年)には天草・島原の乱が勃発している。
すでにカトリックの儀礼は行われていなかったはずだ。
病害虫による農作物の壊滅的な被害は、天草氏の悪霊の仕業で、それを鎮める目的があったとも解釈できる。
死後50年にあたり、年忌を天草氏と関わりの深い一町田八幡宮が虫追い祭りと絡め、執り行ったとみるのが始まりと見るのが正しいのではないか。
それを虫追いの行事として今日まで、脈々と伝えて来たのではないだろうか。

金子寛昭(2010年7月22日)
参考文献「完訳フロイス日本史」第45章 松田毅一・川崎桃太訳・中央公論新社
 
 
 
   
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